書評:中国のなかの日本人


著者の梨本祐平は、中国経済の専門家として、満鉄、華北政務委員会、海軍武官嘱託、華北交通に奉職し、数々の政略に携わった人物だ。東大社会科学研の田島教授がホームページで「出色の回顧録」と評するように、動乱時代の日中政戦謀略の内側をここまで赤裸々に、そして物語として魅せる描き方をしている書も珍しい。左翼の視点ゆえ体制側に対する隠し事がなく、新聞記者上がりで文才に冴えているからだろう。単行本の元原稿となったサンデー毎日の連載が当時非常に大きな反響を呼んだというが、それも当然と納得する読後感だ。

中国のなかの日本人

中国のなかの日本人

本書の魅力は何と言っても多彩な登場人物たちの素顔が垣間見られることだ。松岡洋右、近衛文麿、石原莞爾をはじめとする日本側の要人はもとより、王克敏や汪兆銘、周仏海、陳公博といった中国側要人たちの人物評は、新聞記者上がり特有の好嫌が過ぎる感はあるものの、その点を割り引いても興味深い。論者によってはアヘン巧者とまで酷評する王克敏について、著者は、偏屈で頑固な性格だが、民を憂う想いと冷徹な政略観を持った大人物と評価する。

藍衣社による暗殺テロに遭い中共工作員に救われた話など、冒険小説に遜色ないエピソードがふんだんに盛り込まれているが、共に遭難した海軍武官は戦時中に事故死しており、真実と確認のしようがないのではないか。全体的に脚色の疑念が拭いきれない。また、中共への思い入れが強く、明らかに史実と異なる記述も見受けられる。回顧録は概して虚実織り交ぜられたものだとしても、度が過ぎている感はある。とはいえ、本書を単なる昭和大陸動乱物語としてだけ扱うのももったいない気がする。それほど、名があまり知られていない個人の回顧録としては異色の内容の濃さを本書は持っている。

個人的には、満鉄調査班による華北農村調査や、汪政権との条約締結交渉、それに終戦後に一度死刑判決を受けながら無罪となった戦犯抑留時のエピソードなど興味をそそられるが、やはり圧巻はあの通州事件に遭遇しながら生き延びた話だろう。

梨本は駐屯軍の池田純久参謀の要請で、殷汝耕のもとに忠告に出向いていたという。邦人惨殺の場として有名な錦水楼で事件に遭遇している。怯えた宿泊客らが暴兵でも金品を与えれば命は取るまいと期待して避難を尻込みするなか、梨本は賛同者数名を連れて守備隊まで逃げ、そこで夜を明かす。翌朝、金水楼を訪れ、そこに前夜まで一緒にいた者たちがことごとく無惨な死態を晒している姿を目撃している。

初出:http://shanxi.nekoyamada.com/archives/000359.html

Related Posts

  • “兵隊太郎”曹石堂さん2006年4月12日 “兵隊太郎”曹石堂さん 曹石堂さんにお会いしたのは、私が最後に山西省を訪れた2001年夏のことだから、もう五年も前になる。山西大学で日本語教師を定年退職された曹さんは、大学内にある官舎で、再婚された日本 […]
  • 孫東元さんの人物像―安藤彦太郎『虹の墓標』批判2005年11月1日 孫東元さんの人物像―安藤彦太郎『虹の墓標』批判 文革を評価した親中派の論客・安藤彦太郎は、自著『虹の墓標―私の日中関係史』の中で孫東元さんとの思い出を披露している。しかしその記述は、このホームページで紹介している事実と異なって […]
  • SさんとHさんのこと―”対日協力者”の戦後2006年1月8日 SさんとHさんのこと―”対日協力者”の戦後 終戦時、国民党は親日政府の政治家や官僚を中心に"漢奸"への裁判を行い、重罪とされた者は処刑された。ところがそれから四年後、新中国が成立すると、終戦時とは比較にならない遙かに大規模 […]

3 thoughts on “書評:中国のなかの日本人

  1. 槍栗中尉

    はじめまして。
    私もこの本は非常に面白く読みました。
    盧溝橋事件前後の支那駐屯軍司令部内の雰囲気など、さすがに実際にその場に居た人だけあって、興味深いです。
    ただ陸軍軍人を語る部分が殆ど田村真作「愚かなる戦争」の丸写しなのが気になります。

    Reply
  2. yama

    槍栗中尉様
    田村真作の本は、機会を見つけて読んでみたいと思います。ありがとうございます。創元社刊というのがいかにもですね。
    梨本もそうですが、新聞記者の人物評というのは、おもしろくて読んでしまうのですが、結局それだけなんですね。人間性が施策にどう反映したかという点は検討に値する場合もあるかもしれませんが、前提となる判断自体に人惚れがありますから。
    「やりくり中尉」というのは面白い名前ですね。私は「やっとこ大尉」ぐらいになっていないと示しがつかない三十路に今年入りました。

    Reply
  3. 山西大同陈尚士

    书评:《中国里边的日本人》
    土八路译自日本网络http://shanxi.nekoyam ada.com/
    作者梨本祐平作为中国经济专家,供职于满鉄、华北政务委员会、海军武官办事机构、华北交通,是个曾经参与了各种政治谋略的人物。就像东京大学社会科学研究院的田岛教授在其网页上评价为“出色的回译录”那样,该书将动乱时代的日中政战谋略的内幕赤裸裸地描述到了这个地步,而且,作为故事,其独具魅力的描写方法也是少有的。由于作者所持的左翼观点,所以没有对于体制上隐秘的事情,由于作者做过新闻记者,所以其文采就出类拔萃吧。每个星期日连载的原稿单行本,据说在当时引起很大的反响,那些反响也就是理所当然认可的读后感。
    不管怎么说,本书的魅力就在于能够窥视到那些出场人物丰富多彩的真实面目。以松冈洋右、近卫文麿,石原莞尔为首的日本方面的要人自不待言,对于王克敏、汪精卫、周佛海、陈公博这些中国方面要人的人物评价,尽管感到作为新闻记者出身的作者,其特有的好恶有些过火,但在这方面打些折扣,趣味也是浓厚的。按照论者的主张,甚至严厉地批评王克敏是鸦片高手,而对其人的评价是,性格古怪而固执,但是个具有忧民意识、具有冷静而透彻的政治谋略观的大人物。
    本书虽然不断地加进了并不逊色于冒险小说的小插曲,如遭到蓝衣社恐怖暗杀、被中共特工人员营救等故事情节,但一起遇难的海军武官,是死于战时的事故,是不是没有办法确认其故事的真实性呢?在整体结构上,脚色的疑团就消除不尽。另外,对于中共强烈的深思熟虑,也能够看到与史实明显不同的记述。一般说来,即使认为回忆录是虚实交织的一起的东西,也有过了头的感觉。话虽这么说,不过,将本书仅仅作为单纯的昭和大陆动乱故事来对待的话,我也觉得有些可惜,作为名气不怎么为人所知的个人回忆录,本书具有浓厚的色彩不同的内容。
    关于作者个人,他参与了由满鉄调查班进行的华北农村调查,以及与汪精卫政权缔结条约的交涉,还有战争结束后,虽然他一度遭受到死刑的判决,但又变成了无罪战犯,以及被扣押时的小插曲等,虽然故事引人入胜,但压轴的精华部分,还是他尽管遭遇了那个通州事件,但还是活下来了的故事吧。
    应驻屯军池田纯久参谋的要求,据说梨本祐平前往殷汝耕帐下提出了忠告。他在残杀日本人的场所—著名的金水楼,遭遇到了那次事件。胆怯而害怕的住店客人期待的是,即使是暴兵,只要给予其贵重物品的话,就不会被杀死的吧,在后退的避难中,梨本祐平带着数名赞同者逃到了守备队,熬到了天明。第二天早晨,他去金水楼一看,目击了昨天晚上还跟他在一起的人们,其凄惨的尸体全部抛露在那里了。

    Reply

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

post date*