晋中作戦における戦果


第二次作戦総合戦果(出典:第一軍参謀部「第一軍作戦経過ノ概要 (第二十一章 晋中作戦)」1940年)

第二次作戦総合戦果(出典:第一軍参謀部「第一軍作戦経過ノ概要 (第二十一章 晋中作戦)」1940年)

1940年(昭和15年)に中共軍が発動した「百団大戦」に対し、日本軍は二度にわたる晋中作戦で反撃した。上図は第一軍参謀部が作成した史料に記載されている晋中作戦の戦果だ。中共軍側の損害は、遺棄死体・捕虜あわせて1753で、鹵獲兵器は小銃(自動小銃含む)だけで1249を数えている。人員のほとんどに武器が行き渡っていたことが伺え、小銃一丁あたりの装備弾数も200発程度と申し分ない。重機や迫撃砲といった重火器も多数押収されていることから、後年の戦果と比べても、この頃の中共軍は正規軍並みの装備を有していたことを示している。

戦後に中共政府や左翼学者らは、晋中作戦は非武装地帯を儘滅した「三光作戦」の始まりと声高に非難するが、それが妥当でないことを本史料は示してくれる。日本軍が殲滅したのは非武装の住民ではなく、正規軍並みの装備を有していた軍隊であった。

初出:http://shanxi.nekoyamada.com/archives/000414.html

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