『正論』誤報検証の最終報告


筆者はこれまで、月刊誌『正論』が報じてきた、山形のシベリア史料館にある旧軍の兵器引継書を根拠とした一連の遺棄化学兵器処理問題に関する記事に対して、「『正論』六月号”化学兵器引継スクープ”の勇み足」「『正論』”遺棄化学兵器スクープ”の虚と実」などで、適宜、論評をしてきました。この問題で焦点となるのは、兵器引継書に記載されている様々な名称の武器・弾薬に、化学兵器が含まれているか否か、ということにあります。もし化学兵器が含まれているならば、それは中国軍やソ連軍が化学兵器の引き渡しを正式に受けたことを意味し、中国大陸にある化学兵器は日本軍が”遺棄”したものではなくなるため、数千億円にも及ぶ日本の費用負担で現在進められている処理事業が白紙撤回されることにもつながり得る、極めて重大な意味を持っています。

『正論』は、その兵器引継書に化学兵器の記載があると一貫して主張してきました。ところが、それらの主張を史料に基づいて子細に検証した結果、ほとんどが誤りであったことは、すでに上記各稿で論評している通りです。

ちなみに台湾においては陸軍が、中国大陸においても海軍が化学兵器を引き渡ししていますが、問題となるのは中国大陸や満州における陸軍の引継状況であり、たとえ台湾や海軍で化学兵器が引き渡しされていても、それらは傍証にもならず、現在の処理事業を巡る問題になんら影響を与えないことは言うまでもありません。それゆえ、『正論』も、中国大陸や満州での陸軍の引継書にこだわり、そこに化学兵器の記載があると主張しているわけです。

もちろん、一連の筆者の論評をご覧いただければ、引継書にそのような化学兵器の記載がないことは明らかです。ただ、検証作業において、唯一、筆者も断定できないものがありました。それが「榴弾カ」「カ弾」等と記されているものです。この「カ」弾について、当初、筆者は火焔弾ではないか、と推測しました。

『正論』では、一連の記事で化学兵器を意味するのではないかと挙げた名称が、筆者の検証によってことごとく誤りであることが明らかになったためか、以降、具体的な名称を挙げることができず、唯一、断定できていない「カ」弾を「化学兵器のカ」を意味すると主張しています。一連の”スクープ記事”の仕掛け人である水間氏が、筆者の「カ弾=火焔弾」の推測を取り上げて、「インターネット上で『四一式山砲榴弾カ』は、『火焔弾』であるなどのまことしやかな論評が飛び交っているようだが…」(2008年1月号,143頁)と批判しているのは、その現れと言えます。

「兵器名称ノ略称、略字規程」において「代用弾」を「代弾」または「カ」と表記することが定められている。(出典:アジア歴史資料センター Ref:C01005271500)

「兵器名称ノ略称、略字規程」において「代用弾」を「代弾」または「カ」と表記することが定められている。(出典:アジア歴史資料センター Ref:C01005271500)

その「カ」弾ですが、改めて史料を精査した結果、ようやく意味するところが分かりました。当初、筆者が推測した火焔弾というのは間違いで(もちろん化学弾でもなく)、「カ」弾は、演習に使用するための「代用弾」の略称であることが分かりました。陸軍が戦時中に定めた「兵器名称ノ略称、略字規程」において、昭和17年3月12日、代用弾を「代弾」または「カ」と略字で表記することを決定し、通達した記録が公文書として残されていました。当該文書は、アジア歴史資料センターにおいてデジタルデータ(Ref:C01005271500)にて公開されていますので、興味のある方はご覧ください。なお、一部の引継書上では、「榴弾カ」と「代用弾」が併記されていますが、これは「兵器名称ノ略称、略字規程」に「略称、略字ハ混用スルモ差支ヘナキモノトス」と定められていることからも、なんら不自然ではないと考えます。

当該史料により、「カ」弾は代用弾であり、やはり化学兵器とは無関係であることが明らかとなりました。これにより、『正論』が化学兵器ではないかと指摘した名称は、その全てが誤りであることになります。『正論』の”スクープ記事”は、完全な誤報であることが証明されたと考えます。

なお、政府による調査でも、引継書上に化学兵器の記載はなかったことが明らかになっています。この点につきましては、「『正論』”遺棄化学兵器スクープ”の虚と実」において取り上げています。該稿では「カ」弾を含めて、大幅に加筆修正していますので、ご参照いただければ幸いです。

初出:http://shanxi.nekoyamada.com/archives/000922.html

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3 thoughts on “『正論』誤報検証の最終報告

  1. dabuw 2222

    はじめまして、Yahoo!知恵袋からリンクを辿ってこちらに着きました。
    遺棄科学兵器に関してではないし、既にご存知かも知れませんが、中国での化学戦に関して、
    ついての並木書房 刊 兵頭二十八 著 「 学校で教えない現代戦争学」78ページに
    ついて【 大正十五年秋、奉天軍(張軍閥)の後方 に回り込んだ、伝作義の部隊(閻錫山軍閥)に対し、奉天軍が窒息性のガスを使用し た。第一次大戦の新技術が、初めて中国で 試されたのはこの時だった。 】
    79ページに
    【 対科学戦装備ハ斬次(サンズイ付きの斬が見 つからない)向上シ又瓦斯手榴弾、同迫撃砲 弾ヲ使用シ且一部瓦斯放射(上海会戦広福 附近ニ於テ催涙瓦斯放射)ヲ行ヒタルコト 等アルモ其ノ用法ハ未熟ノ域ヲ 脱セズ 又同 会戦中太平橋附近ニ於テ「ホスゲン」弾ヲ 発射セシモ不発弾多カリキ
    『支那軍ノ戦力及戦法ノ史的観察双ニ対策』昭和十五年と、大本営陸軍部では報告し ている。】
    と引用を用い書かれております。
    また国民党政府の毒ガス製造に関して
    朝日ソノラマ 昭和61年刊行『ゾルゲ事件の 真相』J ・マーダー 著 植田敏郎 訳 110~112ページに記述がありました。
    日華事変に於いて最初にガス作戦を行ったのは、中国側なのでしょうか?

    Reply
  2. yama

    dabuw 2222 さま
    日華事変における化学戦については、中国側の体制を含めて、下記のコラムに書いていますので、ご一読いただければと思います。
    「日華事変における化学戦」
    http://shanxi.nekoyamada.com/archives/000137.html
    ご指摘の兵頭氏の著作については読んでおらず、また、奉天軍のガス使用についても存じませんでした。奉天の兵工廠にガスの製造設備があったとは思えないので、ドイツからの現物輸入かと思います。窒息性というのはおそらくホスゲンでしょう。
    日華事変における中国側のガス使用については、上記コラムにも書いていますが、事変初期にホスゲンなどの致死性ガス使用疑惑は多数あり(ただし被害ナシ)、実際にガス弾も押収されています。河南省には持久ガス(イペリット)工場もありましたが、イペリットの使用例はなかったと思います。
    戦後我が国では日本側の使用例のみが喧伝・議論されていますが、これら中国側の使用例や体制については当時の陸軍公文書に記載されて残っており、日華事変で致死性ガスを最初に使用したのは中国側だったのは間違いありません。

    Reply
  3. 匿名

    お答えいただきありがとうございます。
    上海での戦い、といえば日華事変の初期の頃ですから、もしかしたらと思い質問させていただきました。
    知恵袋でした質問(http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1454455179)
    をそのままコピーしたので、「ついて」という関係ない部分まで、加えてしまい申し訳有りませんでした。
    国府軍のガス作戦は、もっと知られてもいい事実ですね。
    ありがとうございました。

    Reply

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