中国「反日」テロに対する処方箋


尖閣諸島の領有権をめぐる問題をきっかけに中国各地で発生した反日デモと暴動に、多くの日本人がショックを受けている。とりわけ、中国に進出している経済界の苦悩は深刻である。しかし、歴史を振り返れば、経済的利益を求めて中国に進出し、それがために日中友好を進めようという考えがいかに甘いものであるか、思い知らされる。

相手国の人(生命)、財産に対して、公権力によるあからさまな侵害行為(テロ行為)が許されないことは論を待たない。ところが、中国においては、政府に唆走された民衆によるデモや罷業、暴徒による略奪、そして公人・私人に対する暴行や暗殺は、清朝末期から辛亥革命以降、現代に至るまで続く、いわばお家芸であった。日本がテロの主要なターゲットとなるのは、1919年の五四運動を経て、1927年の南京事件や済南事件(いずれも蒋介石軍が日本総領事館や在留邦人を襲った)以降であり、とりわけ1931年の満州事変後に激増した。日中戦争が勃発する一年前の1936年に出版された中国問題に関する書籍には、次のような記述がある。

かかる情勢は終に昨年(1935年)十一月九日の中山兵曹射殺事件となって現れた。続いて同月十一日には南京路の日比野商店が襲撃された。日本小学生投石事件、日本人侮辱事件は上海至るところで繰返されたのである。日本はこれ等の事件に対し強硬手段に出つべきであったが、なほも極東平和の大局的な結実を期待し、支那側の反省を求めるにとどめて中山事件の犯人逮捕、その背後関係の追求中であった。この事件に対し支那側は不誠意な態度を示し、日本を憤慨せしめつつあったが、排日テロは他に拡大し、本年(1936年)一月二十一日には汕頭において角田巡査射殺事件が起り、続いて本年七月十日には、またまた上海で菅生氏が射殺されるに至った。さらに本年八月二十日には長沙事件が起り、同二十四日には成都事件の悲惨事が発生した。あくなき排日テロの全支にわたる横行に、寛大な日本政府も断乎として立ちあがり、川越大使の南京入りにより日支交渉となり全面的に排日根絶をはかることになったのである。

然るに成都事件後、十日にして九月三日には北海において中野順三氏が旧第十九路軍に惨殺された。続いて汕頭爆弾事件、漢口の吉岡巡査射殺事件、豊台事件が起り、再び上海において田港一等水兵が射殺され、ほか二名の水兵が重傷を負うという事件が発生したのである。排日テロは誰かれの容赦なく、日本人の生命をねらっているのである…かくて全支の邦人の生命財産は極度に危機に瀕しているのであるが、諸事件の頻発によって証明される如く、支那官憲は邦人保護の誠意も、能力もないので、わが政府は、自ら現地保護のため陸戦隊を主要地点に派遣または増遣し、艦隊を配備して万一に備えているのである。

(出典:兵庫県国防協会『緊迫せる魔都上海』,1936年,7-9頁)

当時は条約に基づいて日本軍や領事館警察が合法的に駐留していたが、これは不平等条約のためだけでなく、清朝がやはり同様にテロ行為を推奨し、かつ自らも列強各国に戦争を仕掛け、これに敗れたことが原因にある。すなわち、自らテロ行為によって原因をつくり、その結果を覆そうと、またテロ行為に手を染める、という悪循環である。

日中関係において上記の記述のある戦前と現代とは、その政治状況はだいぶ異なる。当時は、満州事変以降の日本の露骨な覇権主義的姿勢があったし、中国側は必ずしも中央政府の威令が地方に届かないという事情もあった(実際にはこれを建前として裏で糸を引き責任逃れをなす)。しかし、戦前は「排日」または「抗日」と呼ばれ、現代は「反日」と呼び名こそ違うが、テロ行為そのものの本質(やり口)は同じである。すなわち、これらのテロ行為は時の政府(権力者)の方針として行われるが、いずれも表向きは私人による行為であって、政府は関知していないという建前である。それであるがゆえに国際法上の国家行為と見なされない。そのぎりぎりの線で、相手国に対するハラスメントとして行うのである。これは戦前から続く中国の特徴的な外交テクニックである。

このような中国のやり口に対して、戦前も現代も日本政府がとる行動は同じである。まずは穏便に中国側に対して犯人逮捕と再発防止を要請する。しかし、それはほとんど無視され、同様のテロ行為が繰り返される。いま現在はこの段階にあるが、戦前はその先があった。すなわち、”あくなき排日テロの全支にわたる横行に、寛大な日本政府も断乎として立ちあがり”、外交圧力をかけ、最終的には実力行使(武力行使)に至ったわけである。日中戦争勃発後に”暴支膺懲”のキーワードが流行ったのには、十年近く続いた対日テロの連続に、日本人の”堪忍袋の緒が切れた”背景がある。

このような中国のテロ行為によるハラスメントに対して、現代におけるわが国にとって現実的な処方箋としては何があるだろうか?。外交とは”友好”ではなく、相手の最も嫌がることをやることである。中国が最も嫌がることは、専制的な政治体制が揺るぐことである。ゆえに、民主派や少数民族などの反政府勢力に対して支援を行うという謀略も効果的であろう。しかし、わが国の現行体制はそれを行うのは難しく、またその是非についても議論のあるところであろう(戦前の軍や革新勢力による謀略が戦争を引き起こしたという見方は根強い)。そこで別の視点から、中国が戦前から国際社会における名誉ある地位を占めることを何よりも求めてやまない国であることに着目してみよう。

戦後の中国が国際社会への復帰にあたり、国連の常任理事国入りにこだわり、現在もその地位にこだわっていることはよく知られている。前回の2005年の反日デモも、そのきっかけは日本の常任理事国入りへの反対であった。中国が国連常任理事国の地位をいかに重視しているかが明らかであるが、実は戦前の中華民国も同様に国連(国際連盟)での常任理事国入りに並々ならぬ執念を燃やしていた。国連常任理事国に対する中国の思い入れは、戦前から続く国是とも言ってよい。これを利用しない手はない。

日本国内では、一連のテロ行為が中国政府の仕業によるものであることはほとんど明白な事実として語られているが、日本政府はこの事実を国際社会にアピールしようとしていない。非常におろかなことである。情報網によりその決定的証拠を押さえ、それをもとに中国がこのようなテロ行為を平然と行う”テロ国家”であること――責任ある国連常任理事国としての立場上ふさわしくない――を広く国際社会にアピールし、外交圧力をかけるべきである。その上で、現実に発生した損害については、国際法上の国家責任を問うのである。それが、現代のわが国において出来得る、最も現実的で効果的な対応であろう。

初出:http://shanxi.nekoyamada.com/archives/000965.html

3 thoughts on “中国「反日」テロに対する処方箋

  1. 陈尚士

    (译者按:这篇日本人士所写的博文,发表于2012年9月19日,尽管其中的观点未必正确,但对于广大的爱国愤青来说,译者认为是具有一定警示意义的,即爱国不忘守法,爱国不能损害国家利益,否则就变成了“爱国贼”,见仁见智,您阅后评判吧。)
    对应中国“反日”暴力的处方
    土八路译自日本网络http://shanxi.nekoyam ada.com/
    以围绕尖阁诸岛(钓鱼岛)的领土主权问题为契机,在中国各地发生的反日暴力和暴动中,很多日本人受到了冲击,进入中国经济界的人士,其苦恼尤为严重。但是,回顾历史,就会认识到追求经济上的利益而进入中国,以此来推进日中友好的考量,是多么天真的啊!
    通过公共权力对合作国家的人身财产,进行的肆无忌惮的侵害行为(暴力行为)是不被容许的,这是不待争论的公理。可是在中国,由于民众被政府唆使,从而导致的示威游行、罢工、和暴徒的抢夺,而对于公职人员和私人的暴行以及暗杀,始于清朝末期,一直延续到辛亥革命以后,甚至到现代。从某种意义上说来,这是家传手艺。日本成为目标的主要暴力恐怖事件,是经过1919年的五四运动、1927年的南京事件以及济南事件(无论哪起事件,都是蒋介石军队袭击日本总领事馆以及在华的日本人)以后,特别是1931年的满洲事变以后,更加急剧地增多起来了。在中日战争爆发的前一年,即1936年出版的关于中国问题的书籍里,具有如下的记述。
    “这样的形势终于在去年(1935年)的11月9日,以演变成射杀中山军曹事件而凸显出来。紧接着同月的11日,南京路的日比野商店遭到袭击,上海的各个地方反复出现向日本小学生投掷石头、侮辱日本人的事件。日本对于这些事件,本应该拿出强硬的措施,但却停留在期待远东和平大局方面的果实、要求支那(中国)方面的反省上来,进行了中山事件的犯人逮捕,及其背后纠葛的追究。对于这些事件,支那方面显示的态度没有诚意,使日本的愤慨持续进行,排日暴力向其他地方蔓延,以至于本年(1936年)的1月21日, 汕头发生了射杀角田的事件,继而本年的7月10日,上海又发生了射杀菅生氏的事件,进而于本年的8月24日,发生了长沙事件,同月24日发生了悲惨的成都事件,对于无休无止的排日暴力在整个支那横行,宽大的日本政府断然而起,结果就是川越大使进入南京,进行日支交涉,全方位地谋求根除排日活动。
    然而,成都事件之后,又过了十天的9月3日,中野顺三氏在北海遭到旧第19路军的惨杀,继而发生了汕头炸弹事件、汉口的射杀吉冈巡警事件和丰台事件、再次在上海发生了田港一等水兵被射杀、其他两人负重伤的事件,排日暴力无论是谁都不宽容,以日本人的生命为目标……。这样一来,整个在支那的日本人生命财产就频临极度的危机,正如由于各类事件频发而被证明了的那样,支那官宪既缺乏保护日本人的诚意,也没有保护的能力。因此,为了亲自保护肇事地点,我政府派遣了或增派了陆战队到主要地点去,还派备了舰队以防万一。”
    (典出:兵库县国防协会《紧迫的魔都上海》,1936年,7—9页)
    当时依据条约,日军以及领事馆的警察驻留(中国)是合法的。可留住不光是由于条约的不平等,清朝毕竟也同样地推崇暴力行为,并且,自己也对列强各国发动战争,在战争中败北也成为留住的原因。也就是说,形成了这样的恶性循环,即由于自己的暴力行为,造成了原因,若是要把这种结果颠倒过来的话,就再次着手于暴力行为。
    在日中关系上,具有上边记述的战前与现代,二者相比,其政治状态大相径庭。当时,满洲事变以后,日本显示了露骨的霸权主义姿态;中国方面,也有中央政府的威令未必到达地方的情况(实际上以此为原则,暗中操作逃避责任)。但是,战前被称作“排日”或 “抗日”,现代通称“反日”这一点固然不同,但暴力行为本身的本质(做法)是一样的。也就是说,这些暴力行为作为当时的政府(权力者)的主张被实施了,可是无论是战前,还是现代,这样的主张在表面上都是私人实施的行为,而政府并不知晓。因此在国际法上不被看做为国家行为,以这条恰到好处的路线,作为对合作国家的骚扰而实施,这是中国从战前起,就延续下来的具有中国特色的外交技巧。
    对于中国这样的的做法,战前也好现代也罢,日本政府采取的行动是一样的。大体上温和地要求中国方面逮捕犯人和防止再次发生。但是,这些要求几乎都被当做耳旁风,同样的暴力行为被反复进行。当今就处于这个阶段,但战前处于该阶段的前边。也就是说,“对于无休无止的排日暴力在整个支那横行,宽大的日本政府断然而起” ,施加外交压力,以致最终走到行使武力的阶段。日中战争爆发后,曾经流行的“膺惩支那”这个关键词,在持续了近十年的对日暴力的延续上,偏偏具有日本人“忍无可忍”的背景。
    面对这种由于中国的暴力行为而产生的骚扰,对于处于现代的我国(日本)来说,作为现实的处方有哪些呢?所谓的外交,不是“友好”,而是干对方最讨厌的事。中国最讨厌的事情,就是专制体制的动摇。所以,对于民主派以及少数民族的反政府势力,进行支援的谋略也是具有效果的吧。可是,我国的现行体制,施行支援是困难的,另外,关于支援的是是非非也是具有争论之处的吧(战前的军方以及革新势力实施的谋略,引起了战争的看法是根深蒂固的)。因此,还是从其他视角着眼,来看中国吧,中国从战前起就不停地谋求在国际社会占有名誉的地位,中国把这个看的比什么都重要。
    战后,在中国回归国际社会的时候,拘泥于进入联合国的常任理事国,现在也拘泥于这个地位,这已经被认识得清清楚楚。上一次2005年的反日示威游行,其契机也是反对日本加入常任理事国。中国是多么重视联合国常任理事国地位的呢?已是昭然若揭明确无误的,而事实上,战前的中华民国也同样在加入国联(国际联盟)的常任理事国方面,煞费苦心地点燃过固执的念头。中国对于联合国常任理事国的深思熟虑,可以说是延续到战前的国家政策,没有哪个国家是不利用这个位置的。
    一系列的暴力行为,是有中国政府的所作所为而导致的,这在日本国内,几乎作为明确无误的事实为人们所谈论。而日本政府还没有向国际社会呼吁的意向,这是非常愚蠢的事情。通过情报网捕获那些决定性的证据,以此作为基础,应该广泛地向国际社会呼吁这些问题,施加外交压力。即中国是这么满不在乎地实施暴力行为的“恐怖国家”;作为负有责任的联合国常任理事国,与其所处的立场是不相适应的。在这个基础上,再就发生于现实的损失,追究国际法上的国家责任,对于现代的我国,这是最现实的、能够起到效果的对策吧。

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  2. 管鉴庸仁

    管鉴庸仁评论
    日本人这么谈日本对中国的侵略犹如中国现在谈执政者的贪污腐败 为什么中国社会腐败到这般地步 避而不谈——谈白了就不和谐稳定了 为什么中国人暴力对待日本皇军 你大日本皇军跑到中国大街上干什么来了?中日关系几百年来就是中国政府丧权辱国割地赔款 几亿白花花的银子送给大日本皇军 大日本皇军和他们的光荣皇军军属吃顺嘴了 现在还在做着征服支那的梦

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  3. 匿名

    作者:上海滩之东方巴黎
    在中国抗战中举世闻名的上海“四行仓库保卫战”的八百壮士最后一位幸存者,九十高龄的杨根奎老人,没有医疗保障,没有退休金。
    他到当地政府相关部门求助,得到的答复是:“去台湾找国民党给你落实政策。”
    持这种论调的不是极端自私的汉奸又是什么?
    老人悲愤地说:“我不是为国民党抗日,我是为祖国而抗日的啊!” (羊城晚报)
    真正的汉奸你不骂,你不砸,开日系车的,日本品牌中国造的,就是汉奸,那么汉奸工厂在哪里?!
    如果用日产产品是汉奸,那八路有没有曾经用过日本枪炮?!
    我就不明白了,是什么样的混帐教育造就了这样一群混帐人?

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