森下「仁丹」広告


戦前の中国市場向けのもので、漢語で書かれている。

戦前の中国市場向けのもので、漢語で書かれている。


「仁丹」は、創業者である森下博が日清戦争で台湾に出兵した際に、台湾兵が常用していた丸薬を知り、それをヒントにして開発された。森下仁丹が中国に進出したのは1908年(明治41年)。森下は中国への思い入れが強く、当初より中国での販売を計画していたという。「仁丹」のネーミング自体、儒教五徳の「仁」と練り薬の「丹」という日中両国で通用する漢字をあてた。商標である大礼服マークは軍人ではなく、大礼服を着た外交官がモデル。”薬の外交官”という意味を「仁丹」に込めたという。
天津、漢口、上海、奉天、ハルピンと拠点を増やして販路拡大につとめた。大正初期には、中国大陸における「仁丹」の販売は国内をしのぐ勢いにまでなったという。日華事変以降、南京と香港に支店を開設するまで成長したが、1945年(昭和20年)の終戦によって中国市場を失った。

初出:http://shanxi.nekoyamada.com/archives/000206.html

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