中国山西省に古来から伝わる武術を日本で教えているクラブ(心意倶楽部)があり、そこのホームページで興味深いことが書かれていた。戴氏心意拳というその武術は、山西省の祁県に代々伝わっているもので、もともとは晋商の豪族・戴一族が数百年にわたって秘伝として教え伝えてきたものだという。専門家からは名だたる伝統武術の源流に位置するものとされているという。
ところで中国の武術は民間武術とも呼ばれる。古来日本にはそのような類の武術はあまり耳にしない。日本では武を用いるものはあくまでも武士をはじめとする特権階級に限定されていたこともある。これに対して中国の武術ではそのようなことはあてはまらず、むしろ民間の高名な武術を公権力が取り入れるという構図も少なからずあったようだ。
中国で民間武術が成立したのは、日常の生活防衛に必要だったからだ。そもそも公権力による統治とは全国一律の徴税と行政サービスを実施することにほかならない。担税力に乏しい農業人口が八~九割を占める中国では、治安を維持する国税レベルでの徴税収入は塩税や関税でまかなわれてきた。税の見込めない農村を統治する者はおらず、中国の農村には公権力が入らなかった。おそらく根拠地を築きに入った共産党が農民たちにとって初めて近くに感じた政治であり、本格的な公権力の存在を知らしめたのは新中国成立後に人民公社の設立が強行されたときかもしれない。このため、かつては行政サービスも実施されることなく、中国の農村では公権力のかわりに地主や村老たちが集落を維持することとなった。匪賊から自分たちの集落を守るための治安維持は重要な柱で、民間武術もそこに華開いたのだろう。戴氏心意拳の創始者は自らの武術を編み出す前に河南で鏢局という今でいう民間の警備会社のようなものを経営していたようだ。
地主だが、借地料の徴収と治安維持のための武力の両方を有するとなると圧政へとつながりかねず、実際に村民らが反乱を起こす例もあったようだ。しかし、新中国で地主を追放する際に呼ばれた「悪覇」と、実際のイメージはかなり違う。多くの集落では中世ヨーロッパの郷紳に近い存在だったのかもしれない。ただ地主といっても千差万別で、富める村と貧しい村では「自存自衛」のための治安能力にも差が生じるのは仕方がないことだ。少なくとも、技術体系を構築しなくてはならない武術は貧しい集落では無理で、名だたる伝統武術の源流と噂される高い技術体系を持った戴氏心意拳が、豪族の家系で練られたというのはきわめて自然なことなのだろう。

