中国で反日デモが頻発している。在留邦人が怪我をし、北京、上海、瀋陽では外交公館に危害が加えられた。中国は日本の謝罪と賠償要求を拒否し、責任は"過去の歴史を反省しない"日本にあるとしている。中国の主張には国際法上一片の理もないことは明らかだ。しかも今回の反日デモは中国政府が扇動したものであるという疑惑が根強くある。集会やデモを厳禁する中国政府が自らに都合が良いとして黙認していることからも、それはおそらく正しい。そして一部ではその悪質な政治手法を中共特有として非難する声が上がっている。しかしそれはあまり的を得ていない。なぜなら、自国内にある在留外国人や外交使節へのテロ行為は中国のお家芸と言えるからで、中共だけが特別なわけではない。
中国で外交公館が襲われたのは、1900年の北清事件(義和団)、1927年の南京事件があり、前者は清朝政府の支援を受けた暴徒によって行われ、後者は国民政府の正規軍によって行われた。在留邦人の被害は最も凄惨で規模の大きな1937年の通州事件をはじめ民国期には枚挙にいとまがない。そしてその多くが軍や警察などの政府機関、時の政府に扇動された暴徒によって行われた。自らの勝手な論理によって外国人への無法な暴力を肯定する点で中国のスタンスはいつも同じだ。かつては植民地化を企む日本への抵抗、今回はその歴史を無視する日本へ反省を促す、というものだ。大規模なデモが起きた上海には、現在六万人以上の在留邦人が滞在していると言われる。無法国家へ投資するリスクは自ら背負わねばならないが、自国民が無法な暴力の脅威にさらされているという意味で民主国家にとっては人質に取られているようなものだ。
不思議なのは、中国の無法ぶりを容認する考えが日本国内に根強くあることだ。中国を特別扱いする考え方だ。この考え方の根本は、日本は欧米よりも中国をはじめとするアジアと共同していくべきという、戦前から続くアジア主義だ。戦後だと自民党田中派による親中派政治と外務省のチャイナスクールが代表だ。この考え方の問題は、自由や法の下の平等といった思想と自国の国益を(少なくとも中国に関しては)軽視する点にある。だから、中国がたとえ嘘の歴史で国民を欺き、自由と正義がない独裁国家であっても友好関係を維持していくことが必要であると唱え、そのためには多少の国益は犠牲にしても仕方がないと考えるわけだ。今のところ北京大使の阿南らチャイナスクールが早期の幕引きを画策してるところをみると、自国指導者への侮辱や外交公館の破壊、数人の在留邦人の怪我程度は"多少の国益"に含まれるようだ。

