しかし戦局利あらず、1949年(昭和23年)年後半には、山西省は全土で中共軍に制圧される様相を呈してきた。省都太原では中共軍の包囲によって補給が途絶、城内では食糧難で人肉食も生じる事態となった。そして翌年の1949年(昭和24年)4月、太原は陥落した。閻錫山は直前に航空機で脱出、最後まで降伏せずに籠城した閻軍将兵と残留日本人が取り残された。残留将兵らは抑留され、多くは戦犯として獄につながれた。
![]() 太原陥落で中共軍に捕らわれた山西軍首脳 |
![]() 中共軍の捕虜となった日本人義勇兵たち |
![]() 戦場となった太原東方には未だに要塞や塹壕跡が残っている(1994年) |
![]() 激戦地となった牛駄塞に造園された戦没者墓苑(1994年) |





