[ フリートーク ]

『正論』六月号"化学兵器引継スクープ"の勇み足

保守派のオピニオン誌『正論』が六月号において"スクープ"と称して報じた、水間政憲氏の筆による「"遺棄化学兵器"は中国に引き渡されていた」という記事。すでに国会議員が国政の場でこの記事を取り上げており、政府は精査を約束、証拠にあたる史料の保管場所には警官が派遣されて警備にあたるなど話題を呼んでいる。

この記事は、山形のシベリア史料館に現存している旧軍の兵器引継書に化学兵器を示す記載が確認できるとし、日本側が莫大な経費を負担することで問題となっていた遺棄化学兵器処理問題において、従来の論拠が覆される"超一級の史料"であるとするものだ。問題の兵器引継書は、社会党市議を長年務め、シベリア抑留者の団体「全抑協」会長だった故斉藤六郎氏が、生前にソ連やロシアの公文書館から入手した大量の旧軍書類の中にあったもの。その数は兵器引継書だけでも六百冊に及ぶという。旧軍と中国軍との間に交わされた公文書がなぜロシアにあったのかは謎だが、中国軍の担当者の名前と印が押された書類には、武器弾薬から球のない電気スタンドやアイロン、烏口といった小物まで、全て数を数えてリストアップされており、几帳面に引継ぎがなされたことが良く分かる。そしてその中に、化学兵器が含まれているとするのが著者である水間氏の主張だ。

これが事実であれば、中国大陸にある化学兵器は"遺棄"ではなくなり、現在進められている処理事業が白紙撤回されかねない大発見と言って良いもので、それゆえに『正論』もグラビアページを惜しみなく使って大々的に報じた。水間氏は「一兆円とも言われる...税金の無駄を回避させることができる」「最終的には"中国の国家的詐欺"にとどめを刺すに違いない」と喜び勇んでいる。ところが記事を読んでみれば、その論証は全くもってお粗末な限りで、記事中に名指しで批判されている朝日新聞も苦笑いの誤報並みの勇み足と言って良い。記事を真に受けて動いた議員も政府も、茶番劇につきあわされたと言える。以下では一次史料をもとに、水間論文を検証していくこととする。

まず記事では、「代用弾の表現は化学弾が含まれていると思われる」「化学弾を含むと思われる各種代用弾も引継いでいる」と"代用弾説"を唱えているが、随分な珍説だ。旧軍における代用弾とは、弾頭部分などの材質を他の代用材に替えて作られた銃砲弾を言い、主として演習で使われたものだ。具体例は、著者にとって身近な所にある。著者自らグラビアページで紹介している国立公文書館所蔵史料の「秘密兵器概説綴」には、「九六式重迫撃砲弾薬九六式改造代用弾概説」が載っているが、そこには徹甲弾を改修してバラ砂を詰め、演習において土砂の飛散によって弾着観測を行うとしており、「破甲榴弾ニ代用シ平時ノ教育及演習ニ使用スルヲ主目的トス」と代用弾の意味をはっきり記載している。しかも史料本文の一頁目だ。目の端にも入らなかったとは到底思えない。ちなみに、なぜこの九六式重迫の代用弾だけが「秘密兵器概説綴」に載っているかというと、それは九六式重迫そのものが軍事極秘兵器として制定されており、代用弾を含む弾薬類も秘される必要があったからだ。

代用弾が化学弾とは全くの別物であることは次の例でも明らかだ。例えば、昭和十一年に青森県で予定された特種演習の発射弾種表には、野砲や榴弾砲用の「きい弾」「あか榴弾」と並び「代用弾乙」が列記されている。また、同年の習志野学校における演習用弾薬支給定数表でも、九四式軽迫撃砲用の「あおしろ弾」「きい弾」「あか弾」などの化学弾と並んで、「擬液弾」「代用弾」が列記されている。化学弾で最も数量の多い「きい弾」210発に対して、「代用弾」は3500発も支給されている。ようするに"化学弾の代用弾"として演習に使われたわけだ。

さらに記事では「三八式野砲九〇式代用弾(甲)は化学弾と見られる」「四一式山砲榴弾甲、四一式山砲榴弾乙は...化学弾のきい一号甲と乙と思われる。それは通常イペリットである」などとしているが間違いである。ここに言う甲乙は信管接合部などの形状の違いであり、化学剤の充填の有無やその種類とは全く関係がない。甲乙が分けられたのは昭和三年のことで、十年式瞬発信管若しくは八七式短延期信管を付けるために、「弾丸上部ニ信管接続筒ヲ螺着シ且安全度増加ノ目的ヲ以テ雷汞ヲ全然使用セサル八七式茗亜薬壺ヲ装着」できるように改修を施した新型を「乙」、それまでの三年式複働信管を付けていた旧型のものを「甲」と区別したのである。

この点、三八式(改造)野砲や四一式山砲といった口径75mm砲で使う化学弾には、「九二式あか榴弾」「九二式きい弾甲」「九二式あおしろ弾」などがあった。このうち、イペリットやルイサイトといったびらん性の「きい剤」が充填された「九二式きい弾甲」については、昭和十三年に"甲"の一字をとって「九二式きい弾」に名称が変更されている。このことを見ても、甲乙の名称で化学弾か否か判断することの愚かしさが分かる。そもそも「きい剤」は、敵兵や敵地の汚染を目的とした持久瓦斯である。破片で敵兵を殺傷することが目的の榴弾として「きい弾」が妥当か疑うべきだった。

そして「四年式十五榴弾砲榴弾は...やはり化学弾と見られる」という点にいたっては、なぜそのように解釈したのか想像もつかないが、ここに言う榴弾は「九二式榴弾」などの通常弾以外には考えようがない。ゆえに野戦造兵廠南京製造所の引継記録を見て、「抑止力としての化学弾は通常弾と比べると、極端に少量なのが実証できる」という指摘も全く当てはまらない。戦地において訓練用の代用弾の製造・備蓄が少ないのは当たり前だし、四年式十五榴について言えば、単に旧式(大正四年の制式)で装備数が少なかったからではないか。

ここまで指摘して、筆者ははたと思いついた。恐らく著者は旧軍兵器に関しては全くの素人であり、しかも「秘密兵器概説綴」だけを見て記事を書いたのではあるまいか。なぜなら「秘密兵器概説綴」には、九六式重迫といった極秘兵器以外の弾薬については化学弾しか記載がない。そのため、著者は極秘指定ではない、代用弾や通常弾の存在にも気が付かずこの記事を書いたのではないか。そう考えると、「四年式十五榴弾砲榴弾は...やはり化学弾と見られる」というトンチンカンな一文も合点がいく。四年式十五榴の頭文字が付いた弾薬で「秘密兵器概説綴」に載っているのは、「九二式尖鋭きい弾」など化学弾だけだからだ。

記事の検証に戻ろう。著者は"代用弾説"のほかにもおかしな解釈を披露している。「発射発煙筒など化学弾を含むと思われる各種代用弾も引継いでいる」という"発煙筒説"とでも呼べる解釈である。例えばグラビアページにも写っている「九九式発射発煙筒」は、「三百米以内ノ近距離ニ煙幕ヲ構成セシムルノ用ニ供ス」ことを目的としたもので、実戦で化学剤と一緒に使われた例はあるかもしれないが、あくまでも煙幕を張るための兵器である。化学剤を発射する兵器は別に「九八式発射あか筒」などがあり、発煙筒とは別物である。旧軍における兵器分類上の化学兵器とは、強毒性の化学剤が充填された「瓦斯筒(弾)」を言い、その隠語は一般的に「特種煙(弾)」であった。そして、全ての化学剤が"発煙"するわけではないことも指摘しておきたい。発煙するのは嘔吐くしゃみ性の「あか剤」や窒息性の「あおしろ剤」であり、びらん性の「きい剤」は発煙せず、液体滴状で飛散するのである。

"発煙筒説"に関連して筆者がどうしても良く分からないのが次のフレーズだ。「現在化学兵器にふくまれる発煙弾、発煙筒がほとんど引き継がれ...中国及び外務省が言う「化学兵器の引き継ぎに同意していない」は、嘘と証明できる」という箇所だ。必ずしも定かではないが、著者は現代における条文解釈と半世紀以上前の運用を混同しているのではなかろうか。著者自身「現在」と断っているように、そもそも旧軍の発煙筒(弾)に使われた「しろ剤」が化学剤に含まれるという解釈は化学兵器禁止条約を受けた日中間の取りきめによるが、すでに指摘したように旧軍においては発煙兵器と化学兵器は別物である。だから、当時の記録で発煙兵器が引き継ぎされているからといって、「あか剤」や「きい剤」といった化学兵器も引き継ぎがされたとは言えないのである。まさか著者とて、正式に引き継ぎが確認できる発煙兵器だけを峻別した上で、その処理(発煙剤の毒性は弱い)は中国側に任せよということが言いたいのではあるまい。

ここまで見てきたように、この記事の内容は旧軍兵器に詳しい人ならば一目見ておかしいと感じるレベルであり、実際、『正論』編集部には発行後すぐに防衛研究所から電話で指摘が入ったという。ところが、5月17日に東京で開催された著者の講演会に参加した人から聞く所によれば、著者は"代用弾"や"甲乙"などの批判を了解した上で、防研OBや旧軍関係者の協力を得ているからと強気だったという。専門家である彼らでも首をかしげる兵器が記載されているなら、それらは化学兵器の隠語に違いないと意気込んでいるというのである。まさに"陰謀史観"ではないか。

一例として著者は、「填薬弾」「九四式代用発煙筒」「テナカ弾」などを怪しいとして挙げたというが、そもそも「填薬弾」は炸薬を詰めただけで信管の付いていない未完成弾の事であり、「九四式代用発煙筒」は機能と成分は同じだが煙の量が半分の演習用、「テナカ弾」は手投火焔弾(瓶)の意味といった具合で、化学兵器とは全く関係がない。著者とブレーンが必要な検証作業を行っていないだけである。当日講演会で配布された史料のコピーには、このほかにも「四一式山砲榴弾カ」などが記載されているが、これについても著者は化学弾の"カ"ではないかなどと言っており、それは「火焔弾」の"カ"ではないかと、いちいち相手にしてはキリがあるまい。グラビアページで紹介している兵器引継書を眺める限り、化学兵器の引き継ぎを示唆する内容は見受けられず、史料を精査したところで、それこそ化学兵器の"カ"の字も出てこないのではないか、というのが筆者の率直な感想である。図らずも、5月12日の内閣委員会の場でこの記事を取り上げた議員が「いま流行のガセネタかなあ」と"予見"したかのような発言をしていたのは皮肉なことである。著者は、かつて南京事件を否定するために史料を改竄したと批判された故田中正明氏の弟子を自認しているようだが、この程度の史料読解力、論証力では、師匠も草葉の陰で泣いていよう。

本論で提示した根拠は、すべて戦前の一次史料に基づいている。いずれも戦前公文書をインターネットで閲覧できるアジア歴史資料センターのホームページで、筆者が自宅にいながらチェックしたものである。今回の『正論』記事は、初歩的な検証作業すら行っていないことが明らかな、あまりにもお粗末なものだ。筆者は山形の原史料を見ていないので何とも言えないが、"代用弾説"が成り立たない以上、この膨大な史料群はむしろ著者の思いとは正反対、すなわち、"化学弾だけは正式に引き継ぎされなかった"="遺棄された"ことの傍証とされるのではなかろうか。藪をつついてなんとやら、「自ら自分の首を締める縄を綯っているようなもの」とは、著者にこそ当てはまるのではないか。

ここで、遺棄化学兵器問題について、三点、踏み込んだ論点を提示しよう。まず一点目は、記事でも触れられているように、関東軍の引継記録についてである。遺棄化学兵器の処理で最大の規模のものは、満州各地から集積されたハルパ嶺における処理事業であり、その点で言えば、むしろ関東軍の記録の方が重要である。もし山形にある史料で関東軍からソ連軍に対して化学兵器が制式に引き継ぎされたことが明らかになるのであれば、その処理は日本の責任ではなく、中国とロシアとの間で決着を付けるべき問題となる。引き継ぎ後の管理の実態を究明し、その処理費用の負担については(杜撰な管理で現地住民に生じた被害の補償とともに)、二国間で協議・解決すべき性質の問題になるのではないか。この点は、政府も史料の精査を約しており、調査結果を待ちたい。

二点目は、在華日本軍が国府軍に正式に化学兵器を引き継ぎしたとして、その後の国共内戦で化学兵器は使用されなかったのか、という論点だ。国府軍は日華事変前の内戦で、中共根拠地に対して化学兵器を使用したとされており、その後の日本との戦いでは、国府軍、中共軍ともにあか剤をはじめとする日本軍の化学兵器の威力を身に染みて体験している。ところが、戦後の国共内戦で化学兵器が使用されたとの話は、寡聞にして筆者は聞いたことがない。正式に引き継ぎを受けたはずの膨大な量の化学兵器の全てが死蔵されたと考えるのは妥当なのだろうか。後盾である米軍に気兼ねしたという見方はあり得るが、そもそも双方の手元に化学兵器がなかった、という見方はあり得る。国府軍はイペリットガス工場などの化学兵器プラントを建設していたが、それらは日華事変で日本軍に接収されて壊滅したし、中共軍に化学兵器を開発する力はなかった。終戦後は化学兵器を使いたくても、日本軍のもの以外には現物がなかったのである。中国大陸で化学兵器の引き継ぎがあったかなかったか、このような視点からも考えてみる必要があるのではないか。

三点目は、以上二つの論点から導きだされる仮定の話である。もし化学兵器の正式引継が、満州における関東軍では証明でき、中国大陸における支那派遣軍では証明できないのであれば、現在の遺棄化学兵器処理作業はあべこべに進められていることとなる。すなわち、政府の調査によれば、遺棄化学兵器は満州以外にも中国大陸全土に散らばっているとされており、本来ならばこちらの処理を行う法的責務があるのであって、現在プラント建設が進められている満州のハルパ嶺の処理については法的責務がないのではないか、という話である。もちろん、これは仮定の話に過ぎず、日中両政府、親中嫌中両派のすべてに人にとっておもしろくない結論ではある。しかし歴史研究者としては(不謹慎かも知れないが)興味深い論点なのである。


補記:
読者の方から論拠となる史料についてお問い合わせをいただいたため、目録を掲載します。以下に挙げた史料は、いずれもアジア歴史資料センターにて閲覧が可能です。史料名の後にある「Ref:」で始まる番号がレファレンスコードです。

・「秘密兵器概説綴」Ref:A03032131400
・「演習用弾薬特別支給ノ件」Ref:C01004236200
・「陸軍習志野学校演習用弾薬支給定数ノ件」Ref:C01001385400
・「三八式野砲及四一式山砲榴弾弾薬筒(乙)仮制式制定並野戦弾薬中改正ノ件」Ref:C01001122600
・「三八式野砲、四一式騎砲、改造三八式野砲、四一式山砲、弾薬九二式「あか」榴弾外二点仮制式制定並三八式野砲、弾薬八九式「あをしろ」弾制式削除ノ件」Ref:C01007477700
・「雑弾薬九九式発射発煙筒制式制定の件」Ref:C01006008300
・「火工教程第一部(野戦弾薬)」Ref:C01002302200
・「手投弾薬九四式代用発煙筒(甲)仮制式制定ノ件」Ref:C01001394400
・「弾薬特別支給ノ件」(テナカ弾) Ref:C01007264000

補記2:
その後、さる研究者の方から、正論記事で紹介されている以外の兵器引継書のコピーをいただきました。原本はいずれも山形のシベリア史料館に保管されているものです。目録すべてに目を通しましたが、いずれも化学兵器の記載はなかったことをご報告いたします。(2006.7.18)


補記3:
正論八月号で触れられている山砲弾の"カ"と"異式"云々について補足します。
著者の水間氏は、第一軍の兵器引継書に記載の「四一山砲カ弾」「九四山砲カ弾」について、「化学弾」の"カ"であるとしていますが、これは間違いで、「火焔弾」の"カ"ではないかという指摘は本文でご覧の通りです。他の部隊の兵器引継書でも、品目に「火焔弾」と「カ弾」の両方が記載されている例はありません。ただ、「四一式山砲榴弾カ」については、腔発防止などの理由で制式図面を変更して「加修」を行ったものを意味するのかもしれません。
また「異式擲弾筒」など、兵器名に"異式"の名称が冠されたものは、戦利品などで制式兵器ではないが、運用上使用を許可されたものを言います。戦利品でも国軍兵器として制式に使用する場合は準制式の手続き(例えばチェッコ機銃を「智式軽機関銃」)がとられ、員数表に記載されるのが日本陸軍の運用でした。ですから"異式"兵器は、日本陸軍では表外の存在になりますが、終戦時に引継品目として出現したわけで、これも化学兵器とは無関係であることをご報告いたします。(2006.7.21)

補記4:
その後、正論では10月号まで遺棄化学兵器問題を取り上げています。引継書には化学兵器の記載がないこと、通常弾や外国製砲弾も日本側が処理対象としていることはデマであること、「有毒発煙筒」には化学剤が混合されており単なる発煙筒とは異なること、など、正論記事の問題点について、こちらの「『正論』"遺棄化学兵器スクープ"の虚と実」で論評しています。興味のある方はご覧ください。(2006.9.9)


昨年に執筆いたしました『正論』の遺棄化学兵器スクープを評した記事について読者の方からのご質問がございましたので、今年5月に公になった山形シベリア史料館での政府調...
月刊誌『正論』が約半年にわたって報じてきた遺棄化学兵器"スクープ"は、きわめてお粗末なものだ。引継書に化学兵器の記載はなく、月号を経るにつれ論旨もゆがんできた。真相は複雑かつ微妙だが、けして陰謀などではない。
正論の記事で話題になった山形のシベリア史料館には、山西省を所管した第一軍の兵器引継書も保存されている。この兵器引継書を見ると、当時の様々な情況、すなわち、質の低下した帝国陸軍の実態や山西残留の片鱗などが如実に顕れている。同時に、内容は史料が本物であることを示唆している。
# yama : 2006年5月19日
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2007年10月27日 18:20

コメント(8)

松尾さま
お越しいただきありがとうございます。このホームページは趣味でやっていますので、どこの媒体にも掲載しておりません。いくつかのトピックについては、できれば論文にしたいと思い、継続して資料を集めていますが、今のところ本業が忙しく、いつになるか分かりません。
南京戦についてはあまり見識を持ち合わせておりませんが、松尾さまの写真検証へのご尽力は存じ上げております。忌憚ないご意見を頂戴できれば幸いです。またお越しください。
(コメントの掲載場所をこちらのページに移動させていただきました。ご了承ください)

投稿者 : yama さん 2008年4月10日 09:59


管理人様あて
私、松尾と申します。日中戦争関係を自分なりに調べているものです。
「『正論』六月号“化学兵器引継スクープ”の勇み足 」を読ませて頂きました。大変興味深く、さらには思わず納得しました。もしよろしければこの文章を書かれた方は、どのような方なのでしょうか?もしどこかの書籍などに掲載されているようでしたら、その方の掲載された論文などを、お教え頂けませんでしょうか?このようなしっかりした文章こそ「正論」などに掲載されるべきだと思いました。

投稿者 : 松尾一郎 さん 2008年4月10日 00:52


BNさん

書店でチラとしか見ていないのですが、印象としては「またか」といった感じです。関東軍の引継書は期待していたのですが…。
著者の水間氏は、関東軍の引継書に記載の「十四年式十高砲弾」などの砲弾について、数万発の引継件数のなかに化学弾が含まれているとしています。非常に疑問です。「十四年式十高砲弾」とは口径105ミリの高射砲の弾です。空に向けてガスを打ち上げる軍隊は存在しません。
一方で、台湾軍の引継書に「あか筒」など、化学兵器の品目が明確に記載されていたのは新鮮でした。ただ、矛盾を気にせずに紹介する正論編集部はマスメディアとしてどうでしょう?台湾軍だけ正直に記載して、関東軍や支那派遣軍は化学兵器を代用弾などの隠語で記載したというのは無理がありすぎです。
九月号の正論記事が紹介する範囲では、関東軍の引継書には(やはり)化学兵器の引き継ぎはありません。しかし、下のコメントでも書きましたが、関東軍(満州)では実態としてあったはずです。政府や専門家による精査が必要だと思います。いかに貴重な史料であっても、ボンクラに扱われればゴミ同然だということの良い例でしょう。
ついでに申し上げますと、こういった例は少なくありません。青木冨貴子さんが手に入れた石井将軍の直筆ノートですが、荷が重すぎたであろうことはすでに書評として書きました。今夏に借り受けた常石教授は、さっそく駿河湾での細菌作戦の記述を発表しています。番組の構成が疑惑を呼んで、本題とは別に騒がれていますが。

投稿者 : yama さん 2006年8月 5日 21:44


今月号の正論はもう読みました?
台湾での引継書に化学弾の記載がありますよ。
感想を聞かせてください。

投稿者 : BN さん 2006年8月 2日 14:42


郭晴様

中国大陸における化学戦が虚構であれば、あなたの仰る通り単純明快に説明がつきます。しかし、残念ながら間違いです。百歩譲って、あか剤以上の強毒性ガスが使われなかったとしても、あか剤の大規模使用、大量の化学兵器の配備・備蓄は、一次史料にて証明されており、この点で異論を唱える(まともな)研究者はいません。あか剤の使用を否定する兵科の旧軍関係者もいません。そして現実には、あか剤ほどの量・頻度ではないですが、きい剤も実戦で使われました。

遺棄化学兵器の問題の理解を複雑にしているのは、下のコメントでも述べたように、関東軍と支那派遣軍とに分けて考えなければならないのに、(意図してかどうか分かりませんが)『正論』などはその点を交ぜて論じています。

いま話題の処理費用の負担やプラント建設などで問題とされているのは満州ハルパ、すなわち関東軍の縄張りです。そして、終戦直前の侵攻でソ連軍は関東軍の防衛ラインを突破していますが、そこの要塞には化学兵器が大量に備蓄されていたとされます。防衛ラインを突破されて終戦、ということは、関東軍は物資・兵器を隠匿する間もなくソ連軍に武装解除を受けたことを意味します。ゆえに化学兵器について言えば、満州においては接収や滷獲を含め、少なくとも実質的には引き継ぎがあったと考えるのが自然です。

そして支那派遣軍について見れば、中国戦線での化学兵器の使用は終戦一年前に大本営の命令で中止されています。すると、少なくとも内地からの化学兵器の補充・追送は途絶え、さらに野戦瓦斯部隊の帰還や化学兵器の内地還送もなされた可能性もあります。すると、終戦時に支那派遣軍が保有する化学兵器の現物は少なかったことになります。これは、満州を除く中国大陸では、工廠のあった南京市郊外で数万点の遺棄化学兵器が発見された例を除き、いずれも少量の遺棄であって、総量としても満州の70万点に対して3万点と、数の上で大きな差がある
ことが傍証となります。

その上で、満州と異なり、中国大陸では終戦での武装解除までに時間と余裕がありました。論拠は不明ですが、政府は化学兵器の引き継ぎを除外する命令があったとしています。数の上でも時間でも、そして兵力の上でも、それを実行する余地は充分にありました。

そしてここから推論ですが、国府軍・中共軍双方ともに、化学兵器は喉から手が出るほど欲しかったはずで、中国大陸では少数ゆえに引き渡しせずに遺棄が出来たとしても、ソ連軍が満州で接収した化学兵器はあったわけです。ところが、関東軍の元兵士の方がソ連軍の監督下で化学兵器の投棄に従事したという証言があるように、ソ連軍はあえて中共軍に化学兵器を渡さなかったわけです。当時、スターリンは蒋介石に政権を握らせようと考えていたといいいますから、それが理由なのかもしれません。

以上の推論を基にすると、もともと満州で遺棄された化学兵器の責任はソ連軍、すなわち現在のロシアに処理の責任があり、一方で満州以南の中国大陸で遺棄された化学兵器の責任は日本にあると言えます。そして問題は、満州や中国大陸で発掘された化学兵器を回収し、ハルパに埋めた中国の責任です。少なくとも、発掘・移送・埋没という一連の作業を政府事業として行っていますので、この関与の度合いによって責任を分担すべきである、という主張はアリでしょう。当然、政府も考慮したはずです。

ただ、それらは「善意の第三者」による「緊急避難的対応」であると反論されればどうでしょうか。現実にはハルパで混在していて、すでに分別処理のしようがないなど、様々な法的な視点と政治的配慮が入り交じり、現在の結果に落ち着いたものと思われます。『正論』などは親中派議員や外務省を“売国奴”呼ばわりしていますが、史実(政府として正面から認めることが出来ないものも含めて)とともに、厳密な法解釈と条約の理解を通した落としどころとしての、正当な結論なのかもしれません。

ただし、ここで述べてきたのは“メイトインジャパン”の化学兵器についてです。ソ連製や中国製の遺棄化学兵器の処理について、日本が責任を負う道理はありません。この点は、政府が説明責任を果たすべきでしょう。とは言っても、罵詈雑言や誤報・虚報に浸かっていては、理解も批判もトンチンカンなことになります。ご都合メディアに振り回されない見識を養ってください。

投稿者 : yama さん 2006年5月31日 23:01


はじめまして。この問題に関心がある者です。ブログの内容について少し疑問に思うところがあります。
あなたは支那で日本軍が大々的に毒ガス戦を行ったので化学兵器はあったという前提で書かれていますが、そもそも毒ガス戦自体が虚構ではないですか?
日本軍は支那に化学兵器を持って行っていない。そうすれば支那軍は日本軍の化学兵器を接収できず、国共内戦でも化学兵器は使われるはずはない。発見された化学兵器がソ連や支那製であったことも説明がつきます。

投稿者 : 郭晴 さん 2006年5月31日 08:13


Mさん

まず、このような便所の落書きのようなコメントには対応したくありません。他人のホームページにコメントを付ける以上、最低限の礼節はわきまえるべきでしょう。次回からはしっかりと「はじめまして~」「ホームページを読みました~」くらいの挨拶を付けてください。

あまりこの問題についてお詳しくないようですから、論点だけ書きます。

>では、発見された科学兵器物が日本のものよりもはるかに
>中国製・ロシア製が含まれているという点についてはいか
>がなものだろうか?

まず、この問題は満州の関東軍と中国大陸の支那派遣軍とに分けて考えるべきです。その上で、化学兵器の発掘作業が行われているのは満州ハルパです。

発掘された化学兵器が日本製よりも中国製・ロシア製が多いというニュースを私は聞いてませんが、いかにもありそうな話です。なぜなら、中国側は満州各地から化学兵器をハルパに集積していますから、その過程で中ソ紛争の際の“ゴミ”も一緒に集積・投棄したと考えられます。

政府の検討委員会には、外務省だけでなく防衛庁からも専門家(歴史家)が参加しています。そこで出た結論が日本が責任をもって全数処理するというものです。中国側が「収拾」を行っている事実だけでは、条約上の法的責務を免れない(国際法上対抗力を持てない)という結論に達したものと思われます。

>加えて、施設建設における紆余曲折などあからさまな日本
>側への不当な条件等はいかがなものだろうか?

不当な条件は反対すべきでしょう。あなたが政府に働きかけをしてみては如何ですか?

投稿者 : yama さん 2006年5月27日 18:08


では、発見された科学兵器物が日本のものよりもはるかに中国製・ロシア製が含まれているという点についてはいかがなものだろうか?

加えて、施設建設における紆余曲折などあからさまな日本側への不当な条件等はいかがなものだろうか?

投稿者 : M さん 2006年5月26日 04:14


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