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太原解放記念館
太原解放記念館の正門。1994年。
1948年(昭和24年)10月、太原城の東の高台に位置する牛駝塞において、国府軍と中共軍との間で一ヶ月間にわたり激戦が繰り広げられた。太原攻防戦の天王山となった戦いで、残留日本兵も参加している。当時、前線に赴いた日本兵によれば、山の形が変わるほどの砲撃で、退避していた壕のなかも足まで埋まるほどだったという。戦後、記念館と戦没者墓園が造営された。
太原陥落に起きた集団自決事件「太原五百完人」
1949年(昭和24年)4月24日、中共軍による太原陥落の日、省政府地下室など市内数カ所で、近代中国で前代未聞の集団自決事件が起きた。閻錫山は"先我而死"を選んだ殉死者を「太原五百完人」として称え、台北に招魂塚を建立し、その霊を慰めた。
黄樵松将軍の塑像
太原近郊の牛駝塞烈士陵園にて。1994年。 国府軍第三十軍の軍長代理の任にあった黄樵松将軍は、牛駝塞戦役を前にした1948年(昭和23年)夏、己に大勢を知り中...
反共を貫いた殿将帥 王靖国
閻錫山の忠臣として太原陥落の殿(しんがり)を務めた王靖国は、非転向を貫いて五十九歳で獄死した。
# yama : 2006年7月 8日