北京郊外盧溝橋。1993年。
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1937年(昭和12年)7月7日、北京に駐留していた日本軍は、条約に基づき、盧溝橋付近で夜間演習を実施した。その際に起きた発砲事件を機に、日中両軍の間で武力衝突が発生した。俗に言う「廬溝橋事件」である。
その後八年間に及ぶ日中間の戦争は、この廬溝橋から始まったとするのが通説だ。ただ、日本軍は北京・天津一帯へ軍を派遣したものの、現地では停戦協定が成立し、日本国として戦争決意はなかった。戦争を決意していたのは蒋介石で、日本と妥協しようとする華北首領に督促している。 蒋介石は、この年の11月には対日戦に打って出ようと考えていたようだ。計画では5月までに国軍の整備を終え、各地で陣地構築を進めていた。廬溝橋事件が偶発か否かは分からないが、少なくとも蒋介石は側近に準備不足を示唆しながらも、廬溝橋事件をきっかけとした日中開戦に邁進している。「日中戦争」を日本の侵略戦争と理解することは見当違いも甚だしい。戦争を起こしたのは中国側、蒋介石だった。 |

