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太原攻略に向かう機械化部隊


1937年(昭和12年)、太原攻略に向かう戦車と自動貨車の一群。
検閲で戦車の砲身は消され、鉄扉に修正されている。

チャハル作戦とそれに続く太原攻略戦には、関東軍の独立混成第一旅団から装甲車が主体の戦車隊が派兵された。用意周到、頑強な中国軍の抵抗と、日本軍側の戦車用兵に対する無理解が重なり、山西戦線に参加した戦車隊は非常な苦戦を強いられている。三週間の激戦となった忻口戦では、四個中隊のうち実に三人の中隊長を失う大損害を受けた。


華北戦線,1937年 写真右手に写っている兵士が両手に提げているのは飼葉桶だろうか。屋敷の前に繋がれている馬の横で珍しそうに豆タンクを眺めている姿がおかしい。...
日華事変の勃発で満州から山西に派遣された独立混成第一旅団(酒井旅団)は国軍初の機械化部隊だった。中国戦線に派兵された日本戦車隊は総じて「鉄牛奮戦」と賞賛されている。ところが山西の地では、賞賛どころか現地で悪評が噴出したという。戦車の用兵を誤ったからだ。
中学生の頃、京都嵐山にあった軍事博物館を参観したことがある。柳の葉がそよ風に揺れる風流な初夏の町並みのなかに、その博物館は高い木々に囲まれてひっそりとあった。古...
# yama : 2006年7月18日
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