
東京九段の靖国神社。桜の見頃は余市も開かれ大変な人混みとなる。
戦前からの伝統はあっても一宗教法人に過ぎない靖国神社に、国家追悼を意味付けすることはふさわしくない。国としてしっかりとした合祀の基準もなく、正式な業務委託契約も結ばれていない。そもそも神道以外の仏教やキリスト教といった異教徒や無宗教者は追悼できないし、政教分離の主旨にも反する。その上で、戦前に皇室が関与していた霊璽簿の運用は靖国神社に一任されている。議論の的となっているA級戦犯をはじめ、文民や山西残留将兵もケースバイケースで合祀されたりされなかったりするなど、その可否は神社の判断に委ねられている。歴史的な正当性は失われており、伝統という名の成り行きでしかないとも言える。
そして政治的には、戦犯が祭神として祀られている靖国神社を国家元首が参拝することの意味を良く考えるべきだ。大東亜戦争の正当性の問題ではなく、敗者として東京裁判を受け入れた国としての矜持の問題である。昭和天皇がA級戦犯の合祀に不快感を示されたのは、A級戦犯たちが戦犯ゆえだからではない。裁判の非合理性、えん罪、恣意的な量刑であることは重々承知されていた。その上で、新生日本の立場として否ととらえられた。宮司に委ねられた霊璽簿の運用が政治的に利用されていることに不快感ももたれた。
しかし、A級戦犯の合祀は靖国神社の自由裁量の範囲であって、分祀を国が要請することは憲法に保障される信教の自由に反する。ゆえに分祀を議論すること自体が不毛である。靖国神社は現状のまま、国は国家元首や皇族、外交使節が気兼ねなく参拝することのできる国立追悼施設の建設を粛々と進めなければならない。

千鳥ヶ淵戦没者墓苑。奥に見えるのが六角堂。
上の靖国神社と同じ日に撮影。桜の見頃でも訪れる人は少なく、静寂に包まれている。
国立追悼施設の建設に反対する論者は、しばしば先人達は靖国に祀られることを願って死んでいったのだし、宗教色のない施設は人の心を捉えないから失礼だと言う。しかしそれは陳腐なレトリックだ。先人達にとって靖国は忠勇のシンボルであって、あくまでも表現形態のひとつに過ぎない。そもそも国立追悼施設を建設しても、靖国から合祀者の霊璽簿を移管する必要はない。追悼者の個人名は霊璽簿を借りて名簿を作ればよい。その場合、合祀者は靖国と国立追悼施設の両方に名が刻まれる。失礼はないはずだ。
その上で、宗教色のない施設は人の心を捉えず、参拝する人がいなくなるという懸念が声高に叫ばれる。閑散とした千鳥ヶ淵を見れば確かに心配はあろう。しかしそれは杞憂に過ぎないのではないか。そもそも靖国の参拝者のうち、どれほどの人が神道信者なのか。すなわち、戦没者を弔う気持ちで参拝する人で、靖国は神社だから行くが、千鳥ヶ淵は神社じゃないから行かない、という人はほとんどいまい。ようするに、靖国に参拝する遺族や戦友は祭神に会いに来るのであって、千鳥が淵に足が向かないのは身元不詳の遺骨が埋葬された無名墓地だからだ。単に戦没者の「顔」がないからである。故人の名が刻まれた場所なら多くの人が訪れるはずだ。もし国立追悼施設に客が取られると神社が心配しているのであれば、それこそ不敬である。
新たに国立追悼施設が建設されても訪れないのは観光客ぐらいであろう。人を呼びたいのであれば、遊就館のような施設を併設しても良い。しかしそれは良いのではないか。戦没者の追悼はそもそも厳粛なものだ。軍装マニアや酒に酔った花見客を受け入れる必要はあるまい。そのような泥臭さが靖国の魅力であって、戦没者の追悼はそれと対照的であってよい。

