[ フリートーク ]

関参電第287号


9月13日付の関参電第287号
(アジア歴史資料センター Ref:C04012568700)

日本軍が多数の住民を虐殺したとされる陽高事件。陽高攻略にあたった日本軍自身が事件の存在を認めている希有なケースである。ところがその経緯と下手人については諸説入り乱れている。戦後、国府に戦犯嫌疑をかけられた野砲兵第四連隊戦友会は、事件は歩兵第三連隊の仕業によるとして、戦闘詳報がねつ造されていたと指弾する。
1937年(昭和12年)9月13日付の関参電第287号には、10日までの間に判明した東條兵団による陽高攻略の死傷者数を「本多旅団戦死27(内将校1)、戦傷86(内将校5)」として、それ以外の篠原旅団などの損害は(ゼロとして)記載していない。篠原旅団は戦闘に参加していないことを示唆している。この点で、事件を報じた畠山清行氏も秦郁彦氏も、作戦の経緯を解説する防衛庁の『戦史叢書』も、篠原旅団の参戦を記載している点で誤りとなる。彼らはいずれも当時の戦闘詳報をもとに戦史を記述したはずだ。野四戦友会のねつ造の主張が正しいことを示唆している。

関東軍で内蒙工作を担当した松井忠雄。著書『内蒙三国志』は、世に知られていなかった辺境の謀略工作について(上官である田中隆吉の不甲斐なさを含めて)、きわめて率直に...
陽高事件はチャハル作戦で関東軍が山西省北部で引き起こした虐殺事件だ。しかし事件は訴追されることなく歴史の闇に消えた。東条英機の戦争責任に関連して秦郁彦氏が光をあてたが、事件の詳細は今も不明だ。
# yama : 2007年2月 6日
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