
『内蒙三国志』
ただ、引っかかることがある。それは、日華事変勃発後、堤支隊の張北進出でピタリとその筆が止まっていることである。一応、内蒙軍の行動経緯についての付記はあるが、結語も何もなく、唐突な終わり方である。とりあえず"断筆"と読んでおこう。
"断筆"だが、「原書房100冊選書」と冠してあるので、元本があり、再版化にあたって端折った名残なのかとも考えた。念のため、発行元の原書房にも問い合わせをしたが梨の礫だった。初版発行は四十年も前だ。無理もない。
この引っかかりは、チャハルと山西省北部で頻発した虐殺事件との関係で疑惑にかわる。松井は情報将校として東條兵団に従軍している。上官は田中隆吉である。隆吉は、東京裁判において、唯一に近い軍官僚の検察側証人であり、彼の存在が陽高事件の訴追断念に大きく影響している疑惑は秦郁彦氏が指摘するところだ。その上で、松井と隆吉の出身連隊である野砲兵第四連隊は、戦後、陽高虐殺の責任を追求されている。松井は自身が野四のチャハル投入を主張したとしている。そして松井が自著で記述を止めた張北以降は張家口の攻略があり、次いで万全、天鎮、陽高である。チャハルでの虐殺事件は万全で始まっている。
松井は、やや自己憐憫のきらいはあるが、嘘をつく男ではない。チャハル作戦を詳述するならば、彼の性格から虐殺事件に触れないわけにはいかない。ところが、出身連隊である野四は終戦直後に嫌疑をかけられたが一応潔白とされていて、昔話を蒸し返す必要はない。事件の主導を強く疑われる東条英機は刑死しており、死人に鞭打つことを潔しとしない。本書で松井は武藤故人を論う隆吉を非難している。
その上で、松井が軍人として最も栄光を感じたのは内蒙工作における活躍であろう。無天でも中佐まで上がっているので、昭和陸軍においてけして冷遇されたとは言えないが、内蒙時代に比べれば事変以降は閑職で記すこともなかったろう。すべてが書く由なしを示している。

