『正論』は、その兵器引継書に化学兵器の記載があると一貫して主張してきました。ところが、それらの主張を史料に基づいて子細に検証した結果、ほとんどが誤りであったことは、すでに上記各稿で論評している通りです。
ちなみに台湾においては陸軍が、中国大陸においても海軍が化学兵器を引き渡ししていますが、問題となるのは中国大陸や満州における陸軍の引継状況であり、たとえ台湾や海軍で化学兵器が引き渡しされていても、それらは傍証にもならず、現在の処理事業を巡る問題になんら影響を与えないことは言うまでもありません。それゆえ、『正論』も、中国大陸や満州での陸軍の引継書にこだわり、そこに化学兵器の記載があると主張しているわけです。
もちろん、一連の筆者の論評をご覧いただければ、引継書にそのような化学兵器の記載がないことは明らかです。ただ、検証作業において、唯一、筆者も断定できないものがありました。それが「榴弾カ」「カ弾」等と記されているものです。この「カ」弾について、当初、筆者は火焔弾ではないか、と推測しました。
『正論』では、一連の記事で化学兵器を意味するのではないかと挙げた名称が、筆者の検証によってことごとく誤りであることが明らかになったためか、以降、具体的な名称を挙げることができず、唯一、断定できていない「カ」弾を「化学兵器のカ」を意味すると主張しています。一連の"スクープ記事"の仕掛け人である水間氏が、筆者の「カ弾=火焔弾」の推測を取り上げて、「インターネット上で『四一式山砲榴弾カ』は、『火焔弾』であるなどのまことしやかな論評が飛び交っているようだが...」(2008年1月号,143頁)と批判しているのは、その現れと言えます。

「兵器名称ノ略称、略字規程」において「代用弾」を「代弾」または「カ」と表記することが定められている。
(出典:アジア歴史資料センター Ref:C01005271500)
その「カ」弾ですが、改めて史料を精査した結果、ようやく意味するところが分かりました。当初、筆者が推測した火焔弾というのは間違いで(もちろん化学弾でもなく)、「カ」弾は、演習に使用するための「代用弾」の略称であることが分かりました。陸軍が戦時中に定めた「兵器名称ノ略称、略字規程」において、昭和17年3月12日、代用弾を「代弾」または「カ」と略字で表記することを決定し、通達した記録が公文書として残されていました。当該文書は、アジア歴史資料センターにおいてデジタルデータ(Ref:C01005271500)にて公開されていますので、興味のある方はご覧ください。なお、一部の引継書上では、「榴弾カ」と「代用弾」が併記されていますが、これは「兵器名称ノ略称、略字規程」に「略称、略字ハ混用スルモ差支ヘナキモノトス」と定められていることからも、なんら不自然ではないと考えます。
当該史料により、「カ」弾は代用弾であり、やはり化学兵器とは無関係であることが明らかとなりました。これにより、『正論』が化学兵器ではないかと指摘した名称は、その全てが誤りであることになります。『正論』の"スクープ記事"は、完全な誤報であることが証明されたと考えます。
なお、政府による調査でも、引継書上に化学兵器の記載はなかったことが明らかになっています。この点につきましては、「『正論』"遺棄化学兵器スクープ"の虚と実」において取り上げています。該稿では「カ」弾を含めて、大幅に加筆修正していますので、ご参照いただければ幸いです。

