日華事変と山西省
中華民族発祥地のひとつであり、古代から政治・経済の交流拠点として栄えた山西省は、近代史でもおもしろいトピックを与えてくれる。いち早く辛亥革命に立ち上がった山西省は、軍閥閻錫山の勢力下で優秀省に成長する一方、西から中共の脅威にさらされる。これに日本軍の懐柔工作が絡まり、政戦謀略の渦巻きは終戦以降も続いていく。
山西省は、中国内陸部に広がる黄土高原に位置する内陸省。北は万里の長城に沿って内蒙...
山西省は中華民族発祥地のひとつ。襄汾丁村人遺跡と陽高許家窟で発見された古代人の人...
明治維新以降「富国強兵」につとめ、日清・日露戦争を勝利してアジアの強国に成長した...
1924年(大正13年)、国民政府では第一次国共合作が成立、翌年に孫文が死去する...
1937年(昭和12年)7月7日、北平(北京)郊外廬溝橋で、日中両軍の間で武力衝...
太原陥落二ヶ月後の1938年(昭和13年)1月、日本軍は山西省中南部への進攻を開...
国力を無視して南洋にも進出した日本の無謀な戦争は、1945年(昭和20年)8月、...
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